<NIGEL CABOURN> VERY HEAVY JACKET 空と山に命を捧げた勇士達へのオマージュ

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華々しく空を切って飛ぶ軍用機の写真は沢山あるが、
その影には事故に見舞われた多くの犠牲者もいる。

ありとあらゆる地形や天候、シチュエーション
を想定し日々課されるタフなトレーニング。然し
時に自然は脅威となり、飛行士に災いを齎す。
イングランド北部、ウェールズ、スコットランド。
それぞれの山岳地帯で墜落事故は度々起きた。

第二次世界大戦以前の英国には未だ救助隊と
呼ばれるものが存在しなかった。その代わり
事故の起きた場所から近い位置のステーション
に駐屯していた軍医が救命の為出動していた。
然し山岳知識や救命器具が未発達だった為
捜索活動は困難を極め、数週間かかる事もあった。
特に体力の消耗しやすい冬季の山岳地帯では
発見される頃には助からない命も多かった。

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軍医のジョージ・デズモンド・グレアム空軍中尉(写真)。
彼は山岳救助隊結成に貢献した第一人者である。
当時の設備を不満に思っていたグレアムは先ず
空軍省に訴えかけ、兵士の中から志願者を募った。
山岳救助用のトレーニングプログラムを整え
山岳用の担架などの救命用具、無線機等も揃えた。

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彼等の身を守った服装はどんなものだったか。
初期は厚手のウールセーター等を重ね着して
撥水性、防風性のあるパーカーを羽織っていた。
実務を通して生じた必要性に応じてその機能は
改良され、より防寒性の高いデザインになった。
救助隊員達が自ら作り上げた究極のアウターだ。
ベリー・ヘビー・ジャケットを作るに当たって
ナイジェルが参考にしたのは1950年代の物だ。

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WHENSOEVER(いついかなる時でも)。
英国空軍山岳救助隊が掲げるモットーである。
強風にも、大雨にも吹雪にも負けず何処へでも。
結成当時からずっと揺らぐことのない信条だ。

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仲間を救う為に命を掛けた空と山の勇士達。
このジャケットはナイジェル・ケーボンが彼等に
捧げた敬意と賞賛、そして憧れの象徴である。
エベレストを初登頂したヒラリー卿の着用した
エベレスト・パーカーに例えられる事もあるが
二番煎じではなく、実はこちらが原型なのだ。
つまり、英国空軍山岳救助隊が結成しなければ
ヒラリーは別のアウターを選んだかもしれない。

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2017.12.23. (Sat) 18:37 | ・NIGEL CABOURN | comments (0) | page top↑

A Story about the Peacoat ピーコートの話

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12月の英国は骨の髄まで凍るような寒さだ。
まだ暗い窓辺でブラックバードが陽気に囀る。
「片側だけ焼いたトースト」と卵で空腹を満たし
一杯のミルクティーで体を温め、仕事に向かう。
一般的な英国家庭でのささやかな朝の儀式だ。
玄関先で真鍮のコートハンガーに手を伸ばす。
ウールのピーコートは10年来のお気に入りだ。
大好きな祖父がいつも着ていたものだからだ。

テムズ川のほとりの職場まではバスで30分程。
所属してから10年間通勤ルートは変わらない。
昼食後はひとり外に出て散歩するのが好きだ。
バタシー橋の上で目を瞑り、水音に耳をすます。
するとまるで海上を旅するような気分になる。
海軍にいた祖父は色々な話を聞かせてくれた。
デッキを洗濯板にしていた事、無限の星空の事、
船上で飼われていた子猫のピートの事なども。

中にはこのピーコートについての話もあった。
監視の時デッキなどで着用されていたそうだ。
海上では風向がすぐ変わるので、左右どちらを
前に被せても使えるようになっているそうだ。
幅広の大きな襟も実用的なデザインの一つだ。
立てる事によって防寒性が増すだけではなく、
集音器の役割も果たせると祖父は言っていた。
汽笛など、遠くの音を聞こえやすくするからだ。

着用者の身を守るためになされる色々な工夫。
軍服にはそれが細部に至るまで詰まっている。
元の形を今風にアレンジした服は沢山あるが、
自分にとってはこの定番が一番しっくりくる。
ブラックバードより早起きな事が自慢の祖父。
形見のピーコートは彼の墓参りにも着ていく。
語り継ぎたい思い出、そしてそれにちなんだ服。
それらはいつしか世代を超えた愛着に変わる。

詳細、購入は以下のリンクをクリック(別ウィンドウが開きます)
<NIGEL CABOURN - MILITARY PEACOAT ナイジェルケーボン - ミリタリーピーコート>
80350000000 ブラック/ネイビー ¥76,000 +Tax


P.S.
余談ですが「片側だけ焼いたトースト」はスティングの「イングリッシュマン・イン・ニューヨーク」という歌にも出てきます。”I like my toast done on one side” の所です。 冬の寒空にぴったりの哀愁漂ういい曲です。


2017.12.22. (Fri) 11:07 | ・NIGEL CABOURN | comments (0) | page top↑

シリーズ[マンソン豆知識]第3集 2種のレザーと守りぬかれる伝統製法

「服をつくる為の布」からつくるナイジェルと
「靴をつくる為の革」からつくるレッドウィング。
素材と製法への飽くなき探求という共通点が
マンソンB5チャッカをこの世に送り出した。

今シリーズ第1集ではブーツの誕生秘話、そして
第2集ではその形の由来をお届けしてきた。
最終回のテーマは素材と製法に拘り続ける姿勢。
これを抜きにして2社のコラボレーションは
成り立たなかったのだから最重要とも言えよう。

早速だが、以下の写真の小さな紙を覧頂きたい。
左右2枚共に検品責任者の名前が記してある。
(左:Tamara氏、右:Romualdo氏)
最高品質のブーツの製造においての最終工程、
検品に至るまで気を抜かない意志がそこにある。
レッドウィング社ならではの拘りの一つだ。

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S.B.フット社はレッドウィング社の所有する
唯一のタンナリー(革をなめす工場)である。
丁寧に、正確に、時間をかけてなめされていく革。
染色から仕上げまでの様々な工程を、技術責任者、
マスタータンナーが司るのがこの会社の伝統だ。
主に加工されているステアハイド(肉牛の皮)は、
ワークブーツに相応しい強さ、滑らかさを持つ。

(S.B.フットタンナリーの様子 - a video from http://www.redwingshoes.com)


マンソンB5チャッカに使われている革は2種。
ラフアウトレザーとフルグレインレザーだ。

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(写真左:ラフアウトレザー、右:フルグレインレザー)

毛羽立った繊維層を表側にしたスエードレザー。
その中でも革の銀面を裏側に残したものを
ラフアウトレザーと呼ぶ。耐久性は非常に高い。
銀面と比べ、野外の環境でも傷つきにくいからだ。
粗々しく無骨な風合いが何とも味わい深い。

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革の銀面とは、なめされる前は肌面であった場所。
それを残し、なめすとフルグレインレザーになる。
革の表面に人工的な処理が施されていない分
本来持つシワや傷も味わいとして楽しめる。
耐久性と通気性に優れ、ワークブーツに最適だ。

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レッドウィング社には半世紀以上変わらない
伝統技術がある。グッドイヤーウェルト製法だ。
1920年代のピューリタンミシンを今も使い、
ソールの張替ができるこの製法を堅く守っている。
独自のダブルステッチ、トリプルステッチには
ピューリタンステッチという愛称が付いている。
靴のインソールにはレザーとコルクが使用され、
履きこむ度に足にフィットしていく設計だ。

( レッドウィング工場内の様子 - a video from http://www.redwingshoes.com)


誰にも何十年経っても、末永く付き合いたい物や事がある。
それを愛着が湧く、といってもいいのだろうか。
5年、10年、20年先も貴方の生活の一部になっていてほしい、
そんな両社の思いがここまでの拘りの原動力となっているのだ。

(詳細、購入は以下のリンクをクリック。別ウィンドウが開きます。)
<RED WING x NIGEL CABOURN - MUNSON B5 CHUKKA> <レッドウィング x ナイジェルケーボン − マンソンB5チャッカブーツ 2017年秋冬>¥55,000 + Tax


2017.12.08. (Fri) 19:00 | ・NIGEL CABOURN | comments (0) | page top↑

シリーズ【マンソン豆知識】第2集 弾薬(アンモ)に着火(チャッカ)のハイブリッド

 マンソンB5チャッカ、その形はどこから来たのか。

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あたかも半世紀以上前から存在していたような
質実剛健なデザインには2つのルーツがある。
英国陸軍がかつて運用したB5ブーツ、そして
現代社会でも馴染みのある、チャッカブーツだ。
今回はデザイナー、ナイジェルケーボンが
インスパイアされた、これら2種のブーツを解説。

英国陸軍のブーツは「アミュニション(短縮形;アンモ)」
ブーツと呼ばれている。「弾薬」という意味である。
19世紀末から20世紀初頭まで数々のパターン、
その中にB5というパターンが存在する。

[英国陸軍弾薬ブーツパターン系譜]
1887ー1907年 パターン1037
1907ー1911年 パターン1037i(1037の改良版)
1911ー1914年 パターン 7325、7326、”A“シリーズ、”HN“シリーズ
1915ー1917年 パターン”B“シリーズ(B2、B5など)

色は1908年までは黒に統一されていたが、
迷彩色としては茶が適切と判断されるようになる。
然し黒は公に出るには相応しい色であった。
それ故当時の兵士には2足共配給されていた、
黒は訓練時や式典用、茶は戦地勤務時用として。

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1915年製B5型弾薬ブーツ(大英帝国戦争記念博物館所蔵) 

突然だが、ここでクイズを出題しよう。
「弾薬ブーツ」という名称の由来とは何だろうか?
以下の三択から答えを見つけてみてほしい。
<1>内側に鉄板を施してあり弾薬も貫通できない程屈強
<2>内側にスペアの弾薬を装備できる設計になっていた
<3>陸軍の砲術係下士官達によって製造されていた
(答えはページ下)

さて、もう一つのルーツ、チャッカブーツについて。
言わずもがな、その形を知らぬ人はいないだろう。
踝丈で2〜3組のハトメを持ち、その内の多くは
カーフスウェード製、そしてライニングを用いない。

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起源は英国陸軍のインド統治時代(1857〜1947)まで遡る。

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(乗馬ブーツ姿のポロ選手達)

当時駐屯中の兵士達が嗜んだスポーツはポロだった。
試合中は膝丈の乗馬ブーツを履いていたが、
試合後はより履き心地の良いブーツに履き替えた。
それが、チャッカブーツの祖先と言われている。
ヒンディー語で円環や回転をchukkerと呼ぶ。
それに因んでポロの試合の1ラウンドはチャッカと
呼ばれる様になり、またブーツの愛称にもなった。
1920年〜1930年にウィンザー公が愛用した事から
チャッカブーツは世界中に広まっていった。

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(前列左:ウィンザー公。スーツの足元はチャッカブーツ)

弾薬とチャッカ、ユーモラスな名称である。
これら2種類のブーツの歴史から生まれた
ハイブリッドがマンソンB5チャッカブーツ。
ナイジェルケーボンの5年ぶりの渾身作だ。

20世紀初頭の英国陸軍の様に、
セミフォーマルに黒、カジュアル用にベージュ
と個性の違う2足を履き替えてみるのも粋なものだ。

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さて、クイズの答え合わせといってみよう。正解は<3>、
陸軍の砲術係下士官達によって製造されていた、である。
当時弾薬ブーツは、ロンドン東部のウーリッジ地区にて
弾薬と共に製造されていた。職人ではなく、兵士達の手によって。

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(ブーツの修理を行う兵士達)

シリーズマンソン豆知識第2回目、
お楽しみいただけたろうか。
最終回は素材と製法に着目してみたい。
次回も乞うご期待!



2017.12.04. (Mon) 17:00 | 未分類 | comments (0) | page top↑