<NIGEL CABOURN> PWパンツ ダブルサイドカモフラージュ(リミテッドエディションコレクション3)

リミテッドエディションコレクション3より、PWパンツのご紹介です。

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デザインの元となったのは、デザイナー、ナイジェルケーボンが収集したヴィンテージアーカイブにあった、戦争捕虜用パンツ。第二次世界大戦時のモデルには前身頃にPW(Prisoner of War = 戦争捕虜)とステンシルでプリントされていました。

(以下2枚:米ミシシッピ州、アラバマ州で収容されていたドイツ兵達)
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ダブルサイドの生地の片面にはナムグリーン、もう片面にはフェイディッド(色褪せた)ブルーの配色のフロッグスキンカモフラージュがプリントされています。

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フロッグスキン・カモフラージュとは、その名の通りカエルの肌の模様に見立てた迷彩柄で、第二次世界大戦時、米軍によってデザインされました。1942年の7月、軍需品係の将校は、南太平洋に駐屯中のダグラス・マッカーサーからある指令を受けます。それは密林仕様のカモフラージュスーツ(つなぎ)を至急150,000セット送るようにというものでした。そして最初にこのスーツを運用したのは、ソロモン諸島に駐屯していた海兵隊でした。生地はリバーシブル仕様で、片面は5色使いのジャングルバージョン、もう片面は3色使いのビーチバージョンでした。このつなぎのスーツは直ぐにツーピースに改良されます。熱帯性下痢(スプルー)を起こす兵士が沢山いた為、利便性の高い形に変える必要があった為です。今回のコレクションの主人公、ショーンフリンをはじめ、ベトナムに滞在した多くの報道写真家達が好んで着用したのが、フロッグスキンでした。

正面に配置された2つのポケットのデザインは、第二次世界大戦時に英国軍により設計されました。ナイジェルケーボン定番のブリティッシュアーミーパンツなどにも見られるディテールです。

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包帯などを収納したと言われる、バンデージポケット。

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コットンのプリント生地とは対照的な質感のリネンデニムのポケット。

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何度も洗いをかけ色を落として再現したのは、亜熱帯の陽光で焼けついたようなドライな色味と質感。
以前の記事でもお伝えしましたが、伊・リリア社の創業者、リッカルド氏とナイジェル氏という二人のヴィンテージ狂のこだわりの賜物です!

<ナイジェルケーボン> PWパンツ リミテッドエディション カモ
¥65,000 +Tax
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2018.06.01. (Fri) 19:35 | ・NIGEL CABOURN | comments (0) | page top↑

<NIGEL CABOURN> 礼節を重んじる「紳士の国」のリラックスウェア、ホスピタルジャケット&パンツ

(ナースに手当てされる兵士 1940年代)
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こんにちは。
5月末にしては蒸し暑い陽気かと思うと夜は冷え込んだりと不安定な気候ですが、いかがお過ごしでしょうか。

こんな時期から真夏にかけて多くのシーンで使い回せるのが、ホスピタルジャケットとパンツのセットアップです。
湿度の高い日本の気候に合わせ、主にシャツなどに用いられるブロード生地(英国ではポプリンと呼ばれる)を使用。
形はジャケットですが、シャツを一枚羽織るような感覚で着用できます。袖口には装飾が無く裏地もない非常にシンプルな設計であるが故に、袖をロールアップしてTシャツやデニムに合わせるなどカジュアルダウンできるアイテムです。パンツもややきれいめのテーパードがかかったシルエットですが、単体でもコーディネートしやすい太さです。スマートなシーンから、普段使いまで、着こなしの幅が広がりますね。

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ナイジェルケーボンにおいて今や定番となったホスピタルジャケットは2011年秋冬に初登場。大英帝国時代の療養着の伝統を受け継いでいます。遥か遠くの戦地に赴き、負傷して帰国した兵士達はイギリス各地の軍事病院へと収容されました。紳士の面目を重んじるこの国では、傷病兵にジャケットとパンツのセットアップ(ベストを入れて3ピースの場合もあった)を官給しました。当時のカラーリングから「ホスピタルブルー」と呼ばれたこの衣服は、院内でのレクリエーション時や外出時に礼節を欠くことなくリラックスして着用できるよう、肩パッドを用いず柔らかな素材で作られていました。

以下の画像は初期と後期のホスピタルジャケットと着用シーンです。
お楽しみ下さい!

(1895年のホスピタルジャケット)初期のホスピタルブルー。マンダリンカラーと7つの象牙のボタンが特徴。
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(第1次世界大戦時1914ー1918年のモデル)上記と同じモデルを第3ボタンまで開けて着用。白い裏地が付いている。
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(レクリエーション中の兵士達)
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(第2時世界大戦時 1940年代のモデル)ナイジェルケーボンのホスピタルジャケットのベースになった形
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(リハビリ中の兵士)
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(リハビリの一環として、ナースにブックバインディングを習う兵士)
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<NIGEL CABOURN> HOSPITAL JACKET (DRY POPLIN)
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<NIGEL CABOURN> HOSPITAL PANT (DRY POPLIN)
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おまけ:未だに服装と公共マナーに厳しい英国(学生版)
私が高校生時代を過ごしたイギリス南部、ドーセット州の某女子校では、放課後や休校日の外出時でもジーンズやスニーカーの着用禁止令が出ていました。もし見つかったら、優しい先生は注意だけで見逃してくれるんですが、厳しい先生だった場合、その生徒は寄宿舎に戻って着替え直させられていました。伝統やしきたりにうるさい学校はプライベートでも「スマート・カジュアル」の着用を重んじます。女子ならトップスはシャツにジャケットかニット。ボトムスはチノやセンタープレスのパンツか膝下スカート。足元はローファーやレースアップシューズなど。お洒落に目覚めた年頃の少女達にはなんともキツ〜イ締め付けでしたね。近くの男子校はもっと厳格なので、着替えるのが面倒だからとずっと制服のままで過ごす生徒がほとんどでした。余談ですが、当時は学生同士の交際は認められても、公衆の面前ではキスなんてもってのほか。手をつなぐこともままならなかったんですよ(校則ですから)!
2018.05.31. (Thu) 18:32 | ・NIGEL CABOURN | comments (0) | page top↑

<BITESIZE NIGEL: 二口目>ナイジェル&リッカルド、運命の出会いからリミテッド・エディション3の生地作りまで

こんにちは。
突然の暑さと黄砂のダブルパンチでくしゃみが止まらない滝本です。

英国には中世ごろから「くしゃみをすると魂が抜ける」なんて迷信がありまして。
その名残りか、どこかしら人のいる所でくしゃみをすると、“Bless you (神のご加護を = お大事に)!”という言葉がすかさず飛んで来ます。
見知らぬ人間同士でも言い合えるってのは、優しいお国柄ですね。くしゃみをしている英国人を見かけたら、言ってあげて下さい、「ブレス・ユー」と。

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ちょいと脱線しましたが前回に引き続き、デザイナー、ナイジェル・ケーボン氏の素顔をバイトサイズ(一口サイズ)でお届けしたいと思います。

今回登場するのは、リミテッド・エディション3を作るにあたってナイジェル氏が選んだパートナー、リッカルド氏。情熱を武器に、夢という名の布を織る、イタリア屈指の繊維会社リリア社創立者であります。

このリッカルド・ブルーニ氏、幼少時代にあるカリスマ機織り職人に憧れ、若くして生地作りの世界に足を踏み入れました。険しい道のりを経て2002年リリア社を創立して以来間もなくナイジェル氏と出会います。それはフランスで毎年開催される繊維の展示会、プルミエール・ヴィジョンでのことでした。
夢のようなテキスタイルを紡ぎ出すのに必要なのは、愛と自由、そして情熱という信条を持つリッカルド氏との出会いを、ナイジェル氏は運命的だったと言います。

以下ナイジェル氏談 (LE3ブックより一部翻訳、引用)
「僕らはファブリックと色が大好きで、ヴィンテージウェアに深い興味を持っていたからすぐに打ち解けたんだ。リッカルドは英語を話さなかったし、僕もイタリア語が喋れなかったにもかかわらずね!彼と一緒にヴィンテージショッピングに行った時は言葉の壁なんか感じなかったよ!マーケット(市場)の商品を参考に、作りたい色を見せ合ったりしたんだ。例えば僕がコレクションで特殊なヴィンテージ・レッドを使いたいとしよう。その時は市場に売っている赤い灯油缶をいくつか比較して色を決めるんだ。リッカルドとの対話は本当に楽しくて、僕らは笑ってばかりいたよ!僕が気に入ったヴィンテージアイテムと彼が好きなものはほとんどかぶっていたよ。でも、僕が好きなのはそのアイテムのデザインで、リッカルドのお気に入りポイントはその生地なんだ。そのうち僕らは、コラボレーションのために同じヴィンテージアイテムをシェアすることにした。でもお金を出し合って買ったアイテムの最終的な所有権をめぐって度々大喧嘩もしたんだよ(笑)!」

大きな少年が2人いますね(笑)。
まるで大事なおもちゃの取り合いのようですが、こんなに人間的で素直なところがやっぱりナイジェル氏らしさなのかな、と思います。

以上、リミテッド・コレクション3の生地ができるまでの1エピソードでした。

本物を創るための情熱は、言葉も国境も越えて結びつく!

やっぱりファッキン・クールです、ナイジェル氏 (とリッカルド氏も勿論
)!

昭和生まれのデッドストック、SAE TAKIMOTOがお送りしました。
次回もお楽しみに!

2018.05.25. (Fri) 18:28 | ・NIGEL CABOURN | comments (0) | page top↑